特別講演・教育セミナーのご案内

 第9回福井県作業療法学会では、テーマを「新たな生活様式の開拓 ~未来を支える作業療法~」とさせていただきました。関連する~~の新たな発展に繋がることを期待しています。
 今回、特別講演として森ノ宮医療大学の松下太先生にご講演いただきます。また、教育セミナーでは、千葉県立保健医療大学の藤田佳男先生、広島大学病院の塩田繁人先生、合同会社ちあーずの佐々木直美先生、嶺南こころの病院の岡本利子先生にご講演いただきます。現地にてご講演頂く予定でしたが、今回の新型コロナウイルス感染症の感染状況を踏まえて、誠に残念ではございますがZoom配信並びにオンデマンド配信にてご講演頂くこととなりました。今回、Zoom配信の最後に質疑応答のお時間を設けて頂く予定です。現地開催のような参加者の皆様と積極的な議論を頂く場として是非とも積極的にご参加頂けますと幸いです。

特別講演の内容

特別講演①

「認知症作業療法の過去~現在~これからの課題」

講師:松下 太 先生
(森ノ宮医療大学 総合リハビリテーション学部 作業療法学科/大学院 保健医療学研究科 教授)

 私が福井医療技術専門学校の学生だった1980年代後半、養成校では認知症に対する作業療法の授業は無かったと記憶しています(本当は習ったのに私が忘れているだけかも知れませんが…)。私は、1990年(平成2年)に所謂「老人病院」に就職し、『身体的な障がいを持たない認知症の人は作業療法の対象ではない』という時代の中で、手探りで認知症の人に介入していましたが、その頃は非薬物療法に関する論文や書物が多く出され、○○療法を取り入れた作業療法を実践する動きが潮流でしたので、私自身も回想法やリアリティオリエンテーションを勉強し、見よう見まねで音楽療法を実践したり、また、中核症状と呼ばれる認知機能障害に対して真っ向勝負を挑んでいた時代でもあったことから、認知症の人にパズル等をさせたり、集団で風船バレーや体操、音楽を聴かせるようなレクリェーションをしていました。
 時は流れ、介護保険制度の創設、オレンジプランや認知症大綱が示され、作業療法士の方向性も変化してきました。新オレンジプランで示された認知症にやさしい地域づくりの枠組みでも、地域における認知症リハビリテーションの推進、認知症の人の就労支援、認知症ケアパスの作成普及、認知症カフェの支援、RUN伴やサポーター養成講座などの普及啓発あるいは認知症予防に至るまで、認知機能の改善や心理的安定というミクロの視点から、住み慣れた街で自分らしく健やかに過ごすための包括的な介入が求められるようになっています。また、作業療法の基本的な理論もOccupational Based Practice(OBP)の考え方が広がり、認知症の人に対する作業療法にも大きく影響を及ぼしています。いずれにせよ作業療法士は、認知症の人にとって一番の共感者(伴走者)として認知症の人に寄り添い、その上で認知症の人の残された能力を見付け、そして引出すことが重要な役割となります。認知症の人の生活行為障害をADLやIADLから分析し、生活行為を維持するための介入と支援を実践していくことも重要な役割です。
 今回は、これまでの認知症の人に対する作業療法を振り返るとともに、現状の課題を整理し、これからの認知症の人に対する作業療法についてお話しさせていただきます。

教育セミナーの内容

教育セミナー①

「高齢者の運転に対する作業療法士の関わり」

講師:藤田 佳男 先生
(千葉県立保健医療大学)

 我々の対象者が地域で生き生きと生活するためには、移動の権利を守ることが重要である。作業療法の運転へのかかわりは1970年頃から一部のリハビリテーションセンターで行われていたが、2005年前後より脳卒中者の運転再開を支援しようとする動きが各地で活発となり、現在では5千人以上の作業療法士が運転に関わっている。これは主に医療機関での病気を持つ者を対象とした支援である。
 医療での運転に関する作業療法は、医師の指示の下で運転適性に関する一般的な神経心理学的検査の実施、および認知リハビリテーション、運動機能に関する評価およびリハビリテーションに加えて、ドライビングシミュレータの活用、運転補助機器の評価および指導、自動車教習所での実車評価への同行や指導、運転免許試験場への同行相談など多岐にわたる。また、法制度などの情報提供や、運転を断念せざるを得ない対象者に対する、心理社会的介入も重要な役割であり、作業療法士はこれら全てに専門性を持つ職種であるといえる。
 (一社)日本作業療法士協会は「運転と作業療法委員会」を創設し、運転支援に関する資料作成や情報提供、教育および連携支援などの活動を行ってきた。2019年の調査では500~700施設の作業療法士が運転に関わっており、ドライビングシミュレータの設置や教習所と連携した実車評価を行う施設も200か所を超えて増え続けている。今後、作業療法を更に自動車の運転および地域移動の分野に生かすには、医療・介護保険分野での制度改正や免許行政、運転者教育とのさらなる連携が必要である。また、それに加えて社会的に問題となっている高齢者の運転についても、社会に貢献できる職種であることを踏まえた活躍を皆さんに期待したい。

教育セミナー②

「心疾患の作業療法」

講師:塩田 繁人 先生
(広島大学病院)

 心疾患と脳卒中を合わせた循環器病が医療費に占める割合は20%と最も多く,要介護の要因では23%と約4分の1を占める.さらに,心疾患は死因の第2位であり,加齢とともに心不全や心房細動,大動脈弁狭窄症,冠動脈疾患の有病者が増加することが示されている.特に心不全は高齢者に多く,再発と緩解を繰り返すことが特徴で1回の入院につき約100万円の医療費がかかるとされ,社会保障費の高騰から『心不全パンデミック』と称され社会問題となっている.
 こうした背景を受け,2020年に『循環器病対策基本計画』が閣議決定され,リハビリテーション等の取り組みや就労・社会復帰支援,多職種連携の推進が求められている.2022年には回復期リハビリテーションを要する状態の中に心大血管疾患が追加された.身体障害領域の作業療法対象疾患として,心疾患は9番目に多い(作業療法白書2015).一方,心臓リハビリテーション指導士を有する作業療法士は100名と会員比率0.16%に過ぎず,回復期リハ病棟における心臓疾患に対応している施設は10%と非常に少ない(日本作業療法士協会誌より).このように,作業療法を必要とする患者さんに十分に作業療法を提供できていない現状があり,人材育成が喫緊の課題となっている.しかしながら,心疾患に関する作業療法の研修会や書籍などは非常に少なく,個々人の意欲や研鑽に委ねられている.
 本教育セミナーでは,心疾患を有する患者さんに対して適切な作業療法を提供できるようになることを目的に,①心疾患の基礎知識の理解と②求められる作業療法士の視点,③作業療法の評価とプログラムの紹介を行う.皆さんが,現場で心疾患の作業療法に取り組む一つの契機になれば幸いです.

教育セミナー③

「こどもたちが豊かな人生のストーリを歩けるように~作業療法士の私が今できること~」

講師:佐々木 直美 先生
(合同会社ちあーず)

 

 一昨年、発達分野の作業療法士として約30年働いた職場(医療と福祉の機能を備えた施設)を退職しました。そして昨年の4月に会社を設立。働き方をかえて、こども達の生活に近い場所で、作業療法士としての役割を模索しています。ところで、私がなぜこのような人生を歩んでいるのか。そこには次のようなストーリーがあります。

① 出会ったこども達、その家族、支援者の『声』。
「野球がやりたい!」 「あそび場所に困っています」「OT室で出来ることが園ではうまくいきません」
② 2015年、あそびLab ish(ワーキンググループ)を作り、地域のあそび場作りに参画。
③ 持続可能な方法を考え始めた頃、COVID-19により、生活が大きく変化。活動はほぼ全部ストップ(作業の場が制限されるってどういうこと!)。こどもの作業の場(あそび場、学び場)が一気に減少。
④ 2021年、保育所等訪問支援事業の訪問員になり園や学校への訪問を開始。
⑤ 2022年、こども達が豊かな人生を歩めるように、仲間と合同会社ちあーずを設立。(こども向け運動あそび教室、イベント、支援者向け講座、相談など、利用者のニーズに合わせて、利用できるプログラムを企画運営。)

 地域で活動を始めたここ1年、当事者、園、学校、福祉事業所、行政、社会福祉協議会などから声がかかることが増えました。どうやら作業療法士は、地域に重宝され役に立つ職業のようです。こどもや家族と地域を繋ぎ、こどもや家族の叶えたい作業を届けることが出来る職業。障害の有無や年齢に関係なくときめく時間を持てるように。今まで出会った人たちとのストーリーを振り返りながら、子どもたちの未来に向けて、今できることを考える機会にしたいと思います。
・ゆっくりでいい
・小さなときめきを沢山見つけて
・人生を大いに楽しんでほしい
ちあーずの活動はホームページをご覧ください  https://cheers2020.com

教育セミナー④

「不安や恐怖に囚われずいききとした生活を送るための行動分析」
~アクセプタンス&コミットメントセラピーを用いて~

講師:岡本 利子 先生
(医療法人 嶺南こころの病院)

〔1〕 行動の「機能」という側面
 皆さんは不安や恐怖に囚われてしたいことができなかった体験をお持ちですか?言葉を用いる我々人間は思考(記憶、予測、イメージ等)、感情(不安、恐怖、喜び、等)、身体感覚(痛み、動悸等)、といった内的体験に影響されて行動します。そして、その行動には見えている形態(歩く、話す、食べる等)と「機能」という方向性(大切なものに向かう、持ちたくない体験から離れる)の二つの側面があります。行動を「機能」という側面から分析すると、その行動の維持要因の仮説が立てやすくなり、好ましくない行動を減らしたり好ましい行動を増やす手立てを講じやすくなります。
〔2〕 いきいきとした生活を送るための気づきと選択
 ~アクセプタンス&コミットメントセラピーを用いて~
 認知行動療法の中でも「機能的文脈主義」と言われるアクセプタンス&コミットメントセラピーは個々の大切な人やことがら(価値)に向かう行動を増やしていくことに主眼を置き、様々な人生の課題に悩む同じ人間としてアプローチすることを大切にしています。そのため、クライエントがその人らしくいきいきと生活することを支援する作業療法とはとても相性が良く、クライエントと一緒にその人の大切にしたいものに気づき「意味ある作業」に結び付けたり、うまくいかないときに何が邪魔しているかの悪循環を発見したりしながら、不安や恐怖と距離を置き、望む方向へ向けうまくいく行動を選択する力をつけていきます。
どの領域のクライエントにも作業療法士自身にも使える方法なので、当日はその具体的な方法とコツの説明や実践を行い、まずは自分に使えるツールとしたいと考えています。